RAY LAMONTAGNE interview

TROUBLE BEEN DOGGIN' MY SOUL THE DAY I WAS BORN.

Ray Lamontagne

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歌うことは僕に何かをやり遂げることの意味を教えてくれたんだ

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 メーン州ルイストンの靴工場に通うために毎朝4時に起きていた男は、ある朝、目覚まし時計代わりに使っていたラジオから聞こえてきたスティーヴン・スティルスの「TREETOP FLYER」を聴き、“啓示”を受ける。

「これこそが自分が進むべき道だ」と。

 複雑な家庭環境。トラブルの絶えなかった思春期。そして、高校卒業後、隠遁とも放浪ともつかない無為の日々を送っていた男は靴工場の仕事を辞めると、ギター片手に歌いはじめた。

 男の名は、レイ・ラモンターニュ。

 再生を賭ける思いがこめられた彼の歌声は、やがて多くの人を巻きこんでいき、それが04年9月、デビュー・アルバムの『トラブル』に結実した。

 その聞きどころは何と言っても、絶妙に震える嗄れた歌声とR&Bの影響を窺わせるメランコリックなメロディー。そして、そんな飾りけのない歌の数々を、プロデュースと大半の楽器の演奏を手掛けたイーサン・ジョンズが70年代ロックのヴァイブたっぷりにまとめあげている。

 しかし、懐古趣味や、いわゆるシンガー・ソングライターにつきもののナイーヴなイメージはここにはない。その切ない歌声は、その一方ではヒリヒリとした焦燥感に満ちている。



●昨年9月、オースチン・シティ・リミッツ・フェスティバルで、あなたのライヴを見ました。レコード・デビューしたばかりにもかかわらず、いきなり規模の大きいフェスティバルに出演した感想を、まず聞かせてください。

「楽しかったよ。だけど、僕にはちょっと暑すぎた(笑)。それに他のアーティストのライヴを見ることもできなかった。それは残念だったね」

●その時はアコースティック・ギターの弾き語りでしたけど、ライヴではいつもそうなのですか?

「ああ。この間、イーサン・ジョンズのドラムとクリス・トーマスのスタンダップ・ベースというラインナップで、いくつかライヴをやる機会があったけど、いつもは1人でやっているよ」

●デビュー・アルバムの『トラブル』は、あなたが弾き語りしたあと、プロデューサーのイーサン・ジョンズが演奏を重ねたそうですね。

「うーんと、実際はね、僕が弾き語りしているとき、イーサンはドラムを演奏していたんだよ。同様にフィドルとコーラスのサラ・ワトキンス(ニッケル・クリーク)が参加した“HANNAH”と“JOLENE”の2曲は、3人一緒に演奏したんだ」

●演奏が加えられた自分の曲を聴いたときは、どんなふうに感じましたか?

「ちょうどいい塩梅になったと思ったよ。イーサンはとてもいい仕事をしてくれた。イーサンも僕も胸をはって、いい出来のアルバムになったと言えるよ」

●曲作りはいつもギター1本でやっているんですか?

「ああ。ギターだけで作っている」

●中には曲を作るとき、アレンジのアイディアも一緒に考えてしまうアーティストもいるようですけど、あなたの場合は?

「やっぱり、しばらくライヴで実際やってみないとね。アレンジについては、それから考えているんだよ」

●高校卒業後、たまたまラジオでスティーヴン・スティルスの曲を聴き、自分でも歌おうと思ったそうですね。それ以前は音楽を聴くことを楽しむ習慣はなかったのでしょう?

「いや、もちろんあったよ。それ以前から僕は音楽を聴いていた。だけど、それは上っ面だけを聴いていただけにすぎなかったんだよ」

●スティーヴン・スティルスの曲に出会ったとき、あなたはとても落ちこんでいたそうですね?

「ああ。それは一言で言ってしまえば、それまでの僕の生き方の積み重ねの結果だったんだ。僕は自分自身を信じてなかったし、全くと言っていいほど好きになれなかったんだよ」

●では、歌うことによって、あなたは救われた、と?

「ああ、間違いなくそうだね。それは僕に生きる目標と言うか、進むべき方向や、何かをやり遂げることの意味を教えてくれたんだ。歌いはじめるまで、僕はそんなことを感じたこともなかったんだよ」

●では、最後に今後の目標を教えてください。

「うーん、そうだな。70歳になったとき、自分が作ったレコードを聴き返してみて、その中の、いくつかの曲が風化せずに、まだまだ聴くだけの価値があったなら、僕はそれだけで幸せな気持ちになれるはずだよ」


(インタビュー◎山口智男)




"TROUBLE"
(BMG FUNHOUSE)





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