JESSE MALIN
©SEAN EVANS

銀行を襲って、赤ん坊を作って結婚式のDJか、
スタンダップ・コメディアンにでもなろうと考えていたんだ



まだ10代の頃、結成・解散を体験したハードコア・バンド、ハート・アタック。ニューヨーク・ドールズやデッド・ボーイズの遺志を受け継いだグラム・パンク・バンド、Dジェネレーションを経て、ソロ・シンガーに転じたジェシー・マリンは、いつしかニューヨークのロックンロール詩人と呼ばれるようになった。

ソウル・ブラザーとも言えるライアン・アダムスがプロデュースした『THE FINE ART OF SELF DESTRUCTION』(02年)をはじめ、これまでにリリースしてきたアルバムはライヴ盤、カヴァー集を含め、計5枚。

繊細な歌心をアピールしたソロ・キャリアは、ハート・アタックはもちろん3枚のアルバムを残したDジェネレーションでも成し遂げられなかった高い評価をマリンに与えた。中でも尊敬するブルース・スプリングスティーンが客演した3rdアルバム『GLITTER IN THE GUTTER』(07年)は、マリンの音楽人生のハイライトの1つに数えられるにちがいない。

順風満帆――

誰もがそう思っていた。しかし、マリンはこの数年、ミュージシャンとしてすっかり燃え尽きてしまっていたという。

確かにマリンが08年にリリースした2枚のアルバムはライヴ盤とカヴァー集だった。

芝居がかった言葉で周囲を煙に巻くマリンのことだから、どこまで本気なのか眉唾ではあるけれど、「引退」の2文字も頭を過ぎったという。

つまり、起死回生――

3年ぶりのスタジオ・アルバムとなるジェシー・マリン&ザ・セント・マークス・ソーシャル名義の最新作『LOVE IT TO LIFE』の素晴らしさ……特にアルバム全体に漲るエネルギッシュかつポジティヴなヴァイブは、そういうことらしい。

新バンド結成が40男のロックンロール魂に再び火をつけたことは言うまでもない。マリンはバンドのメンバーであることを、言い換えれば、信頼できる仲間達と音楽を作ることを明らかに楽しんでいる。

レコーディングにはメンバーに加え、ライアン・アダムス&マンディ・ムーアー夫妻、Dジェネレーション時代のバンド・メイト、ジョー・シブ、ガスライト・アンセムのフロントマン、ブライアン・ファロンら、友人達が駆けつけた。

グラマラスなロックンロールに加え、胸にしみるスロー・ナンバーも収録した『LOVE IT TO LIFE』。バンド時代とソロ転向後のキャリアを一つにまとめたという意味でもマリンの傑作だと僕は考えている。

まさに面目躍如――

そこには決して飼いならせない野性と誰にも癒せない孤独を持ったロックンローラー、ジェシー・マリンが屹立している。



●昨年、ビリー・ジョー・アームストロング(グリーン・デイ)のアデライン・レコードを離れ、今、波に乗っているサイドワンダミー・レコードに移籍しましたね?

「サイドワンダミーの共同オーナーであるビル(・アームストロング)とジョー(・シブ)とは、かれこれ15年のつきあいなんだ。彼らがハリウッドにある小さな部屋でレーベルを始めた頃から知っているんだよ。その頃はまだ、パンク・ロックの7インチ・シングルをリリースしていて、俺とはカラーが違った。でも、それからチャック・レーガンとかガスライト・アンセムとかゴーゴル・ボルデロとか、所属アーティストの顔ぶれもずいぶん多彩になっていっただろ? レーベルのスタッフもいい奴らばかりなんだよ。働き者ばかりだしね。それに俺が行きたいと思わなければ、イカれたワープド・ツアーに参加しなくたっていいんだ(笑)。俺は俺らしいやりかたで音楽を作っていればいいんだよ。それにね、サイドワンダミーはアナログ盤もリリースしているだろ? それもサイドワンダミーを気に入った理由の一つだね」

●Dジェネレーション時代から、あなたのアルバムを聴いてきましたけど、4月にリリースした『LOVE IT TO LIFE』は、これまででベストと言える作品ですね。ただ、『LOVE IT TO LIFE』を作る以前、あなたが自分の進むべき道を見失っていたと聞いてびっくりしたんですけど、音楽の世界から引退することも考えていたんですか?

「ああ。銀行を襲って、赤ん坊を作って、以前、やったことがある結婚式のDJか、スタンダップ・コメディアンにでもなろうと考えていたんだ(苦笑)。だけど、曲がまた俺に語りかけてきたんだよ。ギターを手に取ったとたん、幽霊とか、女の子達とか、酒のボトルとかに導かれ、俺はまた自分が進むべき道を見つけた。そうだね。俺はいつでも、もっともっとって思わずにいられない性質なんだけど、『LOVE IT TO LIFE』にはとても満足しているよ」

●曲をまた作りはじめるきっかけって何かあったんですか?

「サリンジャーのドキュメント映画に何曲か曲を書いてほしいって頼まれたんだよ。それと、プロデューサーのテッド・ハットに会ったことかな。テッドはとてもワイルドで並外れた才能を持ったプロデューサーなんだ。それとね、曲のアイディアを書き溜めたノートの束と傷ついた心を持て余して、途方に暮れている俺を支えてくれた彼女の存在も大きいよ」

●新しいバンド、ザ・セント・マークス・ソーシャルは、どんなふうに生まれたんですか?

「友人のドン・ディレゴと2人で始めたんだ。だけど、俺達は誰に対してもオープンだから、あっという間に人数が増えていった。それから、全員で、俺のアコースティック・ギターに合わせ、俺のリズムと俺が信じているものを曲にしていったってわけさ」

●バンドのメンバーでいることは居心地いいですか?

「ああ。ギャングのメンバーになったような気分だね。ソロはソロでね、やりたいことをやりたいようにはできるけど、場合によっては、自分自身を曝け出さなきゃいけない。俺はバンドもソロも好きなんだ。その両方をできる自分はとてもラッキーだと思うよ」

●『LOVE IT TO LIFE』を作るとき、どんな作品にしたいと考えていましたか?

「本当はさ、もうちょっと違うグルーヴとリズムを使って、ポール・サイモンとかウィルコとかニール・ヤングとか、そういう作品になるんじゃないかと思っていたんだ。だけど、P.M.A.(Positive Mental Attitude)が宿った黒いレスポールで曲を書きはじめたとたん、歪みと不協和音と絶望が吹き出してきたんだ。23曲レコーディングした中から最終的にテッド・ハットが10曲に絞りこんだ。不必要なものを取り除いたサウンドが俺を、俺がいるべきところにまた連れ戻してくれたのさ」

●レコーディングでは、Dジェネレーション時代のバンド・メイトやライアン・アダムス夫妻ら、多くの友人達が参加しましたね。レコーディングにおけるMVPを一人挙げるとしたら?

「もちろん、全員さ。まぁ、強いて一人挙げるとするなら。ドラムのランディ・シュレイガーかな。奴は怪物だよ。3日間で23曲のドラムをレコーディングしちまったんだぜ! でも、参加した全員がこのレコードに多くの魂を吹き込んでくれた。俺は感謝の気持ちでいっぱいだよ」

●『LOVE IT TO LIFE』というタイトルはジョー・ストラマーがチケットの半券にサインと一緒に書き添えてくれた言葉だそうですね。なぜ、それをアルバムのタイトルにしようと思ったんですか?

「なぜって、俺にとってこれは趣味なんかじゃないからさ。人生そのものなんだよ。生きるってことは、毎日が困難や無気力、恐怖との闘いじゃないか。俺はね、音楽って言うのは常に、そういう毎日から自分自身を解放するものだと信じているんだよ。もちろん、たとえそれがたった3分の間だけだったとしてもね」

●サインは、いつどんなふうにもらったんですか?

「メコン・ウィスキーを飲みながら、香港カゼと闘っているシェイン・マガウアンの代わりにジョーがポーグスのフロントに立っていた時だよ! ジョーは本当の意味で影響力を持ったアーティストだった。彼は多くのミュージシャンにとってインスピレーションの源でありつづけたし、これからも多くのミュージシャンが彼が残したものから多くのことを学ぶにちがいない。音楽のルーツとかロックとかラスタとか、前向きなヴァイブとか、贖罪とかね。彼は俺達の時代のエディー・コクランだったと言ってもいい。一杯のテキーラと自己革命、そして幾つかの失敗作。そんなものを併せ持った人だったね」

●ところで、バッド・ブレインズからポール・サイモンまで、多彩なアーティストの曲を取り上げたカヴァー・アルバムの『ON YOUR SLEEVE』は、あなたの豊かなバックグラウンドを物語るものですね。それだけいろいろな音楽を聴いてきたあなたが最初に夢中になったアーティストって誰だったんでしょう?

「俺が初めて買ったレコードはエルトン・ジョンの“クロコダイル・ロック”だよ。曲に合わせて、よくベッドの上で飛び跳ねたもんだよ。エルマー印の接着剤のビンをマイク代わりに持って、エア・ギターしながら、しょっちゅうベビーシッター達を口説いていたよ(笑)。それからケチャップとアルミホイルでキッスのコスプレをしていた時代を経て、俺はパンク・ロックにハマッていったんだ。パンクのDIY精神は俺達に3コードとやる気さえあればいいんだって勇気をくれた。俺はハートとソウルがあれば、どんな音楽でも好きだよ。幸せと悲しみを同時に味わわせるような歌だったら最高だね。たとえばサム・クックなんかそうだよね。彼の歌は1冊の本と同じぐらいの感動があるよ」

●そんなあなたにとってオールタイム・ヒーローは? ジョー・ストラマー? それともブルース・スプリングスティーン?

「何人もいるよ。その日の気分によって違うんだ。もちろん、ジョーもブルースも俺のヒーローさ。それにレニー・ブルースとかジョン・カサヴェテスとかディッキーズのレナード・グレイヴス・フィリップスとか。俺の姉さんのジュリエットやおじいちゃんのアーサーも俺にとってはヒーローだ。街角の雑貨店とかタクシーとかポルノショップで出会った人達がヒーローに思える時もある。ヒーローはどこにだっているのさ。ただ、時々、見つけるのが大変なこともあるけどね。この間、パティ・スミスの『JUST KIDS』って自伝に感銘を受けたんだ。そこにはニューヨークの歴史とともに愛と希望の光が書かれていたよ」

●今日はありがとうございました。

「こちらこそありがとう。ピース&ラヴ」

(インタビュー◎山口智男)


『LOVE IT TO LIFE』
JESSE MALIN & THE ST.MARKS SOCIAL
(SIDEONEDUMMY)

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