Vol. 2

カウボーイ・ブーツは持ってきたかい!? イーハー!
世界最大規模の音楽見本市の模様をレポート


文と写真◎山口智男

毎年3月半ば、テキサス州オースチンで開催されている全米、いや、世界最大規模の音楽見本市サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)。20周年を迎えた今年、その出演者はついに1400組を超えてしまった。その規模は最早、世界最大と言っても過言ではないだろう。
音楽三昧の4日間、どれだけのライヴを見ることができたのか?
その模様をSXSW開催中のオースチンでの過ごした方と合わせレポート。



3月16日、木曜日。

午前8時起床。
シャワーを浴び、身支度を整え、食堂へ。
ダウンタウン一リーズナブルなこのホテルにはフリーの朝食までついている。
6時30分〜9時までの間、1階にある食堂でトースト、マフィン、デニッシュ、ワッフル、コーンフレーク、オートミール、フルーツ、ヨーグルト、ジュース、コーヒーなどがセルフサービスで食べることができ、毎朝、SXSW参加者やジャパン・ナイトの出演者で賑わっている(このホテルはジャパン・ナイト出演者の定宿でもある)。そう言えば、去年は女性シンガーのBPも食べにきていた。

朝食を済ませ、部屋に戻ると、ぼーっとテレビを眺めながら、長めの食休みを取り、11時頃、ホテルを出る。
今日は、まずダウンタウンの南にあるホヴィタス(1619 S.1st Street)というメキシカン・レストラン兼ライヴ・ヴェニューで行われるトゥワング・フェストとKDHX-FMのデイ・パーティー(もちろんフリー)で午後1時からクレム・スナイドとルセロのライヴを見る予定だ。
市バスでコングレス通りを南下。
ここ1、2年、老舗のライヴ・ヴェニュー、コンチネンタル・クラブ(1315 S.Congress)があるいわゆるサウス・コングレス付近は新しい洋服屋やレストランが次々にオープンし、なかなかの賑わいぶりを見せている。
そういう洋服屋やレストランの店内、駐車場、裏庭でも昼間からフリー・ライヴが行われ、SXSW開催中のオースチンは本当に、どこに行っても四六時中、ライヴ・ミュージックに接することができる。
ブラッドショット・レコードが毎年、BBQパーティーをやっているギャラリー、ヤード・ドッグ(1510 S.Congress)の前でバスを下り、コングレス通りと平行して走っている1stストリートまで、散歩がてらこぢんまりとした一軒家が並んでいる閑静な住宅街をぶらぶらと歩いていく。どの家も緑に囲まれ、心地いい。
「Hello」
玄関のポーチでイスに腰かけ読書している女性に声をかけられ、「Hello」と答える。
陽射しが眩しい。
太陽の位置は明らかに日本よりも高い。

10分ほどでホヴィタスに到着。 
オレンジ色と言うか赤土色の壁にフリーダ・カーロの肖像画が描かれた、いかにもメキシカンな作りのレストラン。
クレム・スナイドのイーフ・バーズリーと奥さんのアリックスに再会。
早速、ソロ・アルバムをリリースした理由を尋ねると、「理由はいろいろあるんだけど、ま、金が必要だったんだ。バンドを維持するには金がかかるからね」とイーフ。
「それに最近はブロークン・ソーシャル・シーンとかアーケイド・ファイアーとか大所帯のバンドが多いだろ? だから、ギター一本でやるのもいいかなと思ったんだ。レコードを作るのに何だかんだと時間をかけたくなかったっていうのもあるしね」
「じゃあ、クレム・スナイドは解散ってこと?」
「うーん、解散って言葉は政治的だから使いたくない。それにクレム・スナイドの新作(『Hungry Bird』)は完成間近なんだ」

そんなことを真顔で語るイーフ。どこまでが本気で、どこまでが冗談、いや、皮肉なのか、僕の英語能力では判然としない。しかし、イーフらしいと言えば、らしい。

「そう言えば、『SPELLBOUND』のジェフリー・ブリッツ監督の新作映画の音楽を作ったんだ」
「何てタイトル?」
「うーんと、知らない」
ガクッ。
調べてみたところ、たぶん『ROCKET SCIENCE』というコメディーらしい。

「そう言えば、『ハイ』って英語の『yes』なんでしょ?」と唐突にイーフ。
「そうだけど、なんで」
「昔、世界貿易センター・ビルの富士銀行(当時)で観葉植物に水をやるバイトをしてたとき、全員が電話しながら『ハイ、ハイ、ハイ』って頷いてるのがすごく不思議だったんだけど、ああ、そういうことだったんだって」

ビールを飲みながらイーフのライヴが始まるのを待っていると、イーフの次に演奏するルセロのメンバーがやって来たので、「やあ」「やあ」と挨拶を交わす。
「見ろよ、これ。膿んじゃったよ」とギターのブライアンが新たに彫ったタトゥーをメンバーに見せている。

そうこうしているうちにイーフのライヴがスタート。
今年のSXSWはクレム・スナイド名義での出演ではあるけれど、ソロ・アルバム『Bitter Honey』のリリースにともなうツアーの一環というわけで、「Ballad Of Bitter Honey」他、ソロ・アルバムの曲をアコギをポロポロ、あるいはジャカジャカとやりながら披露。
とは言え、メランコリーと皮肉が入り混じる歌いっぷりは弾き語りでもバンドでも変わらない。
イーフはイーフ。
クレム・スナイドがあくまでも彼の歌を核にしたバンドであることを再認識。
「そんなに酔っぱらっているわけじゃない。酔っぱらったふりをしているだけさ。だって、そうすると気分がいいからね」と歌うユーモラスな「I Wasn't Really Drunk」は、そんなイーフの真骨頂。
それらソロ・アルバムからの曲に加え、よっぽど気に入っているのか、終盤、クレム・スナイドの「Mike Kalinsky」も披露。
喘息持ちで、たまに学校を休むことはあったけれど、試験の点はいつもよかった高校時代の同級生マイク・カリンスキー。彼は喘息のせいでスポーツができず、運動部の連中からはゲイだと思われていた。そして、高校時代の大半を、ベッドルームでジョイ・ディヴィジョンとミスフィッツを聴きながら一人で過ごした。
高校卒業後、そんな彼のことをすっかり忘れていた歌の主人公(語り手)は、ある日、地元のクラブでバンドのシンガーとして歌っているマイクに偶然再会する−−というこの歌。僕はイーフの自伝、つまりマイクこそが高校時代のイーフではないかと睨んでいる。
その「Mike Kalinsky」の最後のハードコア・パートを、イーフはアコギ一本で熱演した。

イーフの演奏が終わったあと、外の空気を吸いに裏庭に出ると、野外ステージではスティーヴ・ウィン&ザ・ミラクル・3が熱演中だった。



ひと息入れ、店内に戻ると、すでにルセロを見ようと集まった客で店内はすし詰め状態に。慌てて、ステージの横にスペースを確保する。
午後2時、ルセロの演奏がスタート。
ベンが喉を痛めていたため、歌について言えば、本調子ではなかったようだけれど、バンドの演奏と、それに対するファンの反応の熱さはあいかわらずだった。

終演後、ベンに来日公演のレビューが載っているクロスビートを渡して一緒に記念撮影(ええ、ただのファンですとも)。肩を組んだとき、僕のTシャツが濡れるほどベンが汗をかいていることに気づき、改めて彼らの熱演ぶりを思い知らされる。
とは言え、濡れたTシャツは気持ち悪いので、買ったばかりのルセロのTシャツに着替えてしまった(笑)。






次のマラーは見ずにダウンタウンに戻り、老舗クラブのアントンズ(213 W.5th Street)の並びにあるヌードルイズム(107 W.5th Street)で遅い昼食。

中華のラーメンやヤキソバ、それにベトナムのフォーなどに加え、日本ソバも食べられるこの店、同行者(って言うか要するに妻)は「味が落ちた」とこぼしていたけれど、アメリカの食事に飽きたときは、隣にある鮨のケンイチ(419 Colorado Street)とともにオススメだ。
もちろん、日本ソバを注文。
日本ソバに味噌汁が付くのがオースチン流。

この店を訪れるたび、妻は「味噌汁の代わりにいなり寿司をつけるべきだ」と主張している。
そう言えば、3年前、この店で日本ソバを食べていたら、隣の若いアメリカ人に「それはソバか?」と聞かれたので、「そうだ」と答えると、「クール!」と言われたことがあった。クールなのか?
ソバ×2、キリン一番搾り、アイス・ティーを頼んでしめて21ドル30セント。




その後、6thストリートにあるトルバドール(503 E.6th Street)で午後5時からテキサスの3人組ジュニアのライヴを見る(もちろん、これもフリー)。
このジュニア。日本では一応、ポップ・パンクに分類されているけど、タイトな演奏をベースにしつつ、さまざまなネタを盛り込み、なんちゃってラップまで披露するコミカルなパフォーマンスは、まさにエンターティナーという言葉がふさわしい。
加えて、ライヴ直前までメンバー自ら店の前でビラ(写真)を配り、曲の演奏中でさえも店の外を通りかかる人達に向かって、「ただだから覗いてって!」と声をかける根性にも感心させられた。

ハングリー精神を持ったこういう真のライヴ・バンドに出会えるのもSXSWのおもしろさだ。

そう言えば、ライヴ直前、ジュニアのメンバーに会いに来ていたアリスターのベーシスト、スコットに「ジュニアの通訳、やったの?」と聞かれ(あ、この人、日本語ペラペラです)、質問の意味が理解できず、「やってないよ」と答えたんだけれど、ヴォーカル&ギターのカイリーが演奏中、何度も「そこにいる日本人の彼が俺達の曲を日本語に訳してくれたんだ」と言っているのを聞き、スコットの言葉の意味がやっとわかった。
カイリーの野郎、店の前で会ったとき、僕が彼らのアルバム『アー・ユー・レディー・トゥ・ロック?』のライナーを書いていると伝えたのを勘違いしたらしい。いくら僕の英語が下手だからって、「I wrote the linernotes for your CD.」って英語、聞きまちがえるか? それにその後、「おまえ、ジャーナリストだろ?」(←俺様キャラ)「そうだよ」「じゃあ、俺達のライヴ・レビュー、どこかに書けるか?」「たぶん書けるよ」「たぶんじゃなくて、絶対書けるか?」って話したじゃん。
おっちょこちょい?
ともあれ、このジュニア、秋には来日の話もあるらしい。
来日公演が実現したときは、楽しさ満点の彼らのライヴ、ぜひ見てみたい。
 
「これを見れば、俺達のことがもっとわかるから」とお土産にDVDまでくれたカイリーと別れ、一旦、ホテルに戻る。
夜の部のスタートは8時。それまで2時間ぐらいは休むことができそうだ。




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